LOVE JUNKIES Section2-28

2017年02月20日 23:27

「・・・は・・・?・・・こたえ・・・?」
 茫とした声で、慎之介は訊きかえす。

 数瞬の間、憲吾がなにを言っているのかさっぱり分からなかった慎之介であった。
 だがやがて思い出す ―― 数ヶ月前、真夜中に昭一郎の家を訪ねていった時のことを。

 あくる朝、麗に呼ばれてやってきた憲吾に、いままで誰にも打ち明けたことのなかった感情を全てぶちまけた。
 いいとしをして情けないとは思うけれど、両親に蔑ろにされるたび自分の存在意義が希薄になっていく気がする、その空しさを薄めてくれる仲間たちのところに、それを持ち込みたくなかった、と。
 それに対してなぐさめも同情も、それどころか相槌すらうたない憲吾に文句を言ったのだ、“なにか言うことはないのか、一世一代の感情の吐露だったのに” ―― 感情の高ぶるままに内心をぶちまけてしまったが故の、照れ隠しもあったかもしれない。
 だが憲吾はどこまでも憲吾らしく真剣かつ思い詰めたような顔をして、なにを言えばいいのかさっぱり分からないと謝った。そして続けて言った、“じっくり考えて、思いついたら言うから時間をくれ” ――――――


 そこに思い至った瞬間、慎之介は身体を折るようにして激しく笑い出す。
「なんだそりゃ、今更答えって何ヶ月前の話してるんだよ、いっくらなんでも今更すぎだろ!俺はすっかり忘れてて、いったい何のことかと ―― ・・・ああもう、つっくづく、憲吾って・・・、変すぎて、おっかしー・・・ ―――― 」
 気がふれたように笑いながらまくしたてていた慎之介はやがて、噎せるように咳込んだ。
 同時に顔を覆うように額に置かれた両手が、見て分かるほどに大きく震え始める。
「・・・あー・・・、も、ホント・・・なんなんだ、・・・ ―――― 」
 と続けた声も、そよ風が吹き抜けただけで砕け散ってしまいそうなほど、ひび割れていた。
「変すぎで悪かったな。思いついたのが今日だったんだから仕方がないだろう ―― それで?答えとしては不採用か?」
 と、憲吾は訊いた。
 派手に笑い飛ばされたせいで憮然とした声だったが、それが演技であることを慎之介は知っていたし、憲吾もそれを知っていた。

 両手を震わせたまま、慎之介は無言で首を横に振る。
 小さな動きだったが、何度も、何度も。

 ふっと表情を和らげた憲吾が、うつむいたままの慎之介の二の腕を掴んで引く。
 強引にテーブルの上からソファに移され、ソファに腰を下ろす前に慎之介は憲吾の腕の中にいた。

「愛している、慎之介。 ―― おまえがいてくれてよかった」
 と、憲吾は呟くように言った。
 それから少し笑って、冗談めかして続ける。
「そうでなきゃ俺は一生、くだらない男たちを適当に渡り歩いて、少しずつ搾取されながら磨耗してゆく薄っぺらい人生を送っただろうからな」
 その憲吾の言葉に、慎之介は呻くような声を上げた。
 笑ったつもりだったのか、泣き出しそうになるのをこらえたのか ―― 慎之介はきつく憲吾の胸に顔を押しつけてきただけで顔を上げなかったので、それは分からなかった。


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「・・・あー・・・、もう一生ここでこうしていられればいいのになぁ・・・」

 昨夜とは違う、静かに肌を暖めあうことが目的のようなセックスが終わったしばらく後で、慎之介が言った。

「無投票当選になるな。民主主義が根底から揺らぐゆゆしき事態だ」
「・・・は?なに言ってんの?」
「端的に言うと、俺もそう思うという意味だ」
 と、憲吾が言うと、慎之介は否定的に鼻をならした。
「・・・なんだ、その反応は」
「よく言うよ。憲吾なんて、名前がワーカホリックの日本語訳に指定されてもいいくらいのくせに」
 プロレス技をかけるように憲吾の身体に手足を絡めて、慎之介が言う。
「1週間もしないうちに、ふらふらと霞ヶ関方面に向かうに決まってる。ゾンビみたいに」
「それは誤解だ」
 きつく絡みついてくる手足から逃れながら、憲吾は言う。
「競争をしたら十中八九、おまえの方が先に音を上げるだろうよ ―― 俺と仕事なんかよりもずっと、おまえと音楽の関係の方が強固だ」
 憲吾の指摘に慎之介はぴたりと動きを止め、少し考えてからにやりと笑う。
「・・・どうかな。いい勝負ってとこじゃないの?・・・あー・・・、でも今回ばっかりはケヴ達に会うの、気が重いな・・・」
「どうして」
「・・・どうしてって、さっきの大女優サマの話、憲吾も聞いただろう?」
「聞いたが、それが?」
「あの人があそこまで言うからには、想像もつかないくらい大きな金が動く話なんだ・・・そうなんだろう?」
「まぁ・・・、バブルの時代ほどではないが、広告宣伝費は各社、未だにそれなりの金額をつぎ込むからな。新車宣伝費ともなればそれなりの金額になることは確かだろうな」
 と、憲吾が答えると慎之介は、だよな、やっぱ・・・。と呟きながら半分乗り上げるようになっていた憲吾の胸の上に顔を伏せた。
「あの歌はCMなんかで切り売りするために作った歌じゃない。いくら金を積み上げられても・・・」
 小さな声ではあったがきっぱりと、慎之介は言った。
「だったらそう言えばいいだろう」
 と、憲吾は言った。
 そのこともなげな返答に、慎之介はぱっと顔を上げた。そして激しく表情を歪めて言う、「そんな簡単な話じゃない」
「どうして。おまえはあの歌をCMに使われたくない。だからそれをメンバーに伝える ―― 難しい部分なんかひとつもない、至極簡単かつ単純な話だ」
「・・・いや、でもさ」
「“いや、でもさ”じゃない。おまえがなにを心配しているのかは想像がつくが、それは彼らに対して・・・ ―――― 」
 と、そこまで言ったところで、憲吾は言葉を切った。


 慎之介の指摘通り、音楽には強い興味を持てない憲吾ではある。
 だが今日の慎之介の歌に、名声とそこからもたらされる報酬を捨ててでも守りたい、大切にしたい想いが痛々しいほどにこめられていることくらいは分かった。
 憲吾に察せられることを、embo-rhythmのメンバーが分かっていないはずはない。

 そもそも彼らは多少というにはあまりにも厄介で神経質な慎之介を追って、日本にまでやってきているのだ。
 慎之介の普段の自堕落で自虐的な生活態度や精神バランスを崩すような行為を諫めるメンバーの態度がかなり高圧的なため、端から見ると周りが慎之介をコントロールしているように見えるかもしれない。
 だがそれはあくまでも表面的な話であり、音楽に関することについて言えば100パーセント彼らは慎之介の意志を尊重している。
 先ほどバーで彼らが今日の歌が今日限りであることを太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前のこととして語っていたのを見ても、それは明らかだ。
 何百万、何千万の金を積まれようが ―― 桑名マスミ本人が差し出された贈り物をそっくりそのまま投げ返すような真似をしたからといって、彼らが慎之介の想いを蔑ろにするとは思えない。

 どう考えても単純明快なこの事実を当の本人である慎之介が理解していないのは不思議としか言いようがないが、自分のことに関しては全く自信が持てない慎之介らしい話ではある。
 自分が現状推測でしかない説明をするより、直接メンバー達の反応を見させた方がいいだろう ―― そう思った憲吾は途切れさせた言葉を続けることなく、慎之介の身体を強く引き寄せた。

「・・・あのな憲吾、人が珍しくまじめに悩んでるのにナニしようとしてる訳?」
「なるほど。珍しいのが問題なんだな」
「・・・あ?」
「つまり悩むだけ無駄だから、おまえはあまり悩まない方がいいという話だ ―― と、いう訳で、なにも考えないようにする手伝いをしてやる」
「なんだそれ、喧嘩売ってんのか? ―― って、え?ち、ちょっと、やめ・・・って、うわ、な、にこの新技・・・っ、まだ引き出しあったのかよ!?絶倫に加えて技のデパートとか、どこの相撲取り!マジ勘弁!!」
「おまえ、うるさいよ。いいからもう観念して、黙れ」
「いやいやいやいや、でも憲吾、これはさすがにあり得な・・・ ―――――― 」
 強引で激しい口づけによって慎之介の言葉は途切れ、それとほぼ同時にまともな思考や意識もぷつりと途切れたのだった。


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 後日大手広告会社から提案を受けたembo-rhythmのメンバーたちは、悩む素振りなどいっさい見せずにその提案を却下した。
 先方や事務所がどんなに高額な報酬を提示しても、メンバーは聞く耳を持たなかった。
 それどころか結婚式当日にやむなく欠席したケヴィンが“頼むから俺の前でもう一度だけ演ってみせてくれ”と土下座する勢いでした頼みにすら、黒島と安は首を縦に振らなかった。

 そしてその話を耳にした憲吾に顔を合わせるたびさりげなく“幻の一曲”について語られたケヴィンと憲吾の険悪さに拍車がかかったのは ―― そのさらに後日の話である。



―――― LOVE JUNKIES Section2 END.




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